近年、米国市場は日本企業にとって、単なる「イノベーション・最新技術」の供給源としてだけでなく、新規事業を開拓・展開する目的地としても活用されるようになってきました。
第2次トランプ政権発足による「アメリカ・ファースト」に基づく産業支援策の施行、一方で各州レベルで進む産業誘致、起業家や実証プロジェクトへの支援など、その世界最大市場を取り巻く環境はダイナミックに変わり続けています。
このような現状は、米国市場の構造や日本企業の事業戦略にも変化を促しています。
そんな中、シリコンバレーで長年イノベーション・新規事業開発に取り組んできた秋元秀昭氏と弊社北米社長のAlan Mockridgeは、日本企業が今後も現地で着実にビジネスを展開し、さらに企業成長を促進していくためには、以下の項目に重点を置く必要があると言います。
- 明確な目的・KPIを持って動く
- 売る”から「共に創る」へ
- 技術やサービスを「先に提供」することで信頼を得る
- R&D・実証は現地での共創型開発にシフト
- スピード感ある現地主導の意思決定体制を整える
- 継続性と経験を持った人材配置を重視する
- 挑戦と失敗を許容する柔軟な文化を育てる
- 起業家的マインドが求められる
本記事では、上記2名がなぜこのような結論に至ったのか、米国市場の最新動向と事業成功に向けたヒントを探ります。
秋元秀昭氏:2024年まで米国Yazaki Innovationでイノベーション事業を率いた後、今年新たに中小製造業を中心に日米で事業承継及び日本企業の海外進出をサポートするAMS,Incをカリフォルニアで設立。矢崎総業(株)では32年間、米国、ブラジル、ドイツ、英国などに駐在した経験を持つ。
Alan Mockridge:イントラリンク米国代表取締役社長。弊社東京オフィスの代表者を経て、2006年に米国拠点を設立。2008年からシリコンバレーを拠点に、北米スタートアップのアジア進出、日本大手企業の新規事業開発、政府機関の貿易誘致に携わり、あらゆる方面から米国市場の動向を把握する。
全米で今注目のエリアと、進出先選定の新たな視点
Q:米国経済は地域ごとの特色が強いと言われますが、米国市場の特徴、そしてそれを踏まえた上で日本企業にとって特に注目している地域はどこでしょうか?
秋元氏:私は2024年4月に矢崎総業(株)を退職しましたが、それまでの32年間、自動車業界でアメリカ、ブラジル、ドイツ、英国などに駐在してきました。現在はカリフォルニアを拠点に、日本の中小企業の海外進出をサポートする新たなミッションに取り組んでいます。
近年製造業や機械産業関連の日本企業による投資が顕著な地域としては、テキサスが挙げられます。矢崎も本社はミシガンに置いていましたが、イノベーション事業に取り組む「Yazaki Innovations Inc.」を新たにテキサス州プレイノ(トヨタ北米本社の近く)に設立しました。
テキサスが注目される理由はいくつかあります。第一に、地理的にメキシコとつながりが深いというサプライチェーン上の利点。第二に、豊富な人材と天然資源(特に天然ガス)。これらを理由に産業インフラも充実しており、半導体、エネルギー、物流関連の施設やサービスが整っています。また、法人税がなく、カリフォルニアに比べて規制も少ないため、事業展開の自由度が高く、広大な土地も確保しやすいというメリットがあります。さらに米国中央に位置するテキサスは、東西両岸へのアクセスも良好で、日本との直行便もある上、カリフォルニアに比べて大幅に安いガソリン価格や生活費など、住みやすい環境である点も魅力です。こうした要因は、私自身の実感としても強く感じたところです。
Alan:同感です。日本企業が米国進出を検討する際、どの州を選ぶかは最終的には各社の目的や戦略によるところが大きいでしょう。多くのイノベーション関連企業は、やはりシリコンバレーやボストンを目指します。そうした中で、矢崎が最初のイノベーション拠点をテキサスに設けたことは非常に興味深い事例です。これは、矢崎の事業内容や産業の特性と深く関係していると考えられます。
実は、テキサス州内でも地域ごとに特徴があります。例えば、ヒューストンは石油・ガス産業、ダラス・フォートワースは通信やデータセンターの中心地である一方、オースティンやサンアントニオでは独自のイノベーション文化が根付いています。特にオースティンは「Keep Austin Weird(オースティンの個性を守れ)」というスローガンでも知られ、文化とテクノロジーが融合するイベント「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」の開催地としても有名です。
とはいえ、州単位で特定の産業に特化した誘致活動が活発な米国では、テキサスやカリフォルニアといった大きな州だけでなく、弊社が日本やアジアからの投資誘致・貿易振興を支援するアリゾナ州(半導体)、サウスカロライナ州(自動車、先端素材)、ワシントン州(ICT、再生可能エネルギー、フード)なども各注力分野に沿って、税制優遇や公民連携による新たな事業機会を促進しています。
こうした背景から、米国は主要都市だけでなく、より広い視野で進出先を検討する価値がある、地域的なチャンスが数多く存在する市場となっています。
不確実性の中で問われる柔軟な戦略思考と地域適応力
Q:地域ごとの強みがあるにしても、やはり連邦政府の方向性による影響は避けられないと思います。トランプ政権の再登場によって、エネルギーや関税政策に変化が見られる米国において、現地の日本企業はどのような対応を取っているのでしょうか。
秋元氏:正直、新政権の影響に関しては日本からも質問が多く寄せられていますが、現時点では明確な答えはありません。ただ、現地の反応という意味では、「関税が高い場合・低い場合など複数のシナリオを想定し、プランBも用意すべき」という意見が多いです。短期的には予測が難しい状況が続くものの、交渉の進展を見守りながら対応していくしかないというのが現状です。
トランプ政権の戦略は「まず高い関税の壁を築き、その後交渉を始める」というもので、ビジネスマンとして対立相手に圧力をかけながら交渉を進めるスタイルなので、最終的には当初の提案とは異なる形で決着がつく可能性もありますから。
Alan:国内では関税の影響についての理解がまだ浅く、今後の世論の変化も注視する必要がありますが、確かに新政権発足後もイノベーションやR&D、新規事業創出に向けた取り組みは引き続き活発です。長年米国への主要な投資国である日本は、自動車メーカーを中心に、南部やテキサスでの製造拠点拡大を続けている上、すでに確保されていた予算やシリコンバレーでの人材流動もあり、目立った停滞も見られません。円安や関税の影響が複雑に絡み、予算には圧力がかかっているものの、日本企業の資金力は依然として強いと言えるでしょう。
AIブームとエネルギー政策が生む新たな日米連携
Q:米国における日本企業のビジネスは、さまざまな方面からの影響を受けながら常に進化し続けてきたと思います。長年米国にて日本企業の活動を支援する中で、米国市場への従事やエコシステムの活用方法につき、大きな変化を感じていますか?また、日本企業にとって商機が期待できる分野があれば教えてください。
Alan:イントラリンクは2008年から米国に拠点を置き、その状況を観察してきました。日本企業は長年にわたり、オープンイノベーションや技術探索に多額の投資を行ってきましたが、実際の成果には限界がありました。そして現在では、国内市場の縮小と人口減少の影響から、情報収集よりも売上創出の圧力が高まっています。
こうした背景から、これまで国内向けだった事業をグローバル展開したり、社内技術を海外市場で商業化する動きが見られます。
米国市場は競争が激しいものの、幅広い産業分野で日本の技術は高品質かつ信頼性が高く、たとえばiPhoneには55社もの日本企業が部品を供給しています。日本企業が米国進出にあたり直面する主な課題は、言語や現地ネットワーク、広大な地理的条件、さらには市場動向、競合、販路、顧客ニーズなどを理解するための時間と能力の不足です。
この時間と能力の不足を補うため、弊社ではデスクリサーチに加え、現地の関連ステークホルダーへの対面インタビューを実施し、適切なGo-to-Marketストラテジーを構築した上で、効率的かつ効果的にローカルパートナーの選定や実証実験(PoC)の実施支援、そして展示会での広報・アウトリーチや最終的な顧客確保に向けた事業開発サポートを提供するよう努めています。
秋元氏:米国のスタートアップ界隈は依然として非常に活発で、前向きな雰囲気が続いていると感じています。その中で、昨今、現地スタートアップは昨年から始まったAIブームの波に乗ろうと必死で、それに伴い大手企業も技術開発と市場投入を急いでいます。日本のCVCもこのチャンスを逃さぬと、全体の投資件数が2020年以降減少傾向にある中、1件あたりの投資額を増強、結果的に投資金額が大きくなっているのが実情です。
Alan:話題性の高い生成系AI(Gen AI)だけでなく、業務効率化や意思決定支援など、実用的なAIの導入が進み、既存製品にAI機能を組み込むニーズが高まっています。こうした流れの中でソリューションを提供できる企業にとっては、着実な市場機会があります。
一方、エネルギー分野でも電気自動車、データセンター、充電インフラなどの成長産業が再生可能エネルギー需要を後押ししており、政策の不確実性があっても経済的な観点から投資は拡大傾向にあります。また、州政府主導の産業誘致や実証プロジェクトも活発で、地方発のプロジェクトへの参画も視野に入ります。実際に、弊社も日本のエネルギー関連企業と連携し、昨年導入された税制優遇措置の活用をサポートしながら、地域プロジェクトへの投資機会を模索しています。こうしたプロジェクトは今後さらに拡大すると予想されており、日本企業にとって大きなビジネスチャンスになるでしょう。
米国ビジネスで求められる起業家的決断力と組織改革
Q:北米でイノベーションや事業開発に特化した部隊を設ける日本企業が増える中で、目にみえる結果を残すために今後想定される課題にはどのようなものがあるでしょうか?それらを克服する上で有効だった戦略やアドバイスをお聞かせください。
Alan:最近の傾向としては、シリコンバレーで見つける最先端技術を単に買って市場に出すというよりも、
- これまで国内だけで展開していた事業を北米などの大市場に広げる
- 日本のR&Dで開発されたが未商用化の技術を米国市場に投入する
という動きが増えています。これはシリコンバレーのスタートアップに依存しない分、戦略的に効率的です。
今は市場調査や機会検証の段階の案件が多いですが、実際に投資・事業化するフェーズになると、日本企業の内部での意思決定のスピードが大きな壁となっています。ここにはもう少し起業家的な姿勢や決断力、つまり「このビジネスを推進する」という自信が求められていると感じます。
秋元氏:確かに意思決定のスピードの遅さは大きな課題の一つです。現地拠点に十分な裁量がなく、本社の判断を待つ体制では、変化の速い米国市場でタイミングを逃す可能性があります。現地に一定の決定権を委ね、スピーディーに対応できる体制を整備することが求められます。
さらに米国での事業展開を成功させるには、人材配置や意思決定のあり方が重要な鍵となると思います。まず、人事面での課題として、駐在員を2~3年ごとに交代させる運用が一般的ですが、この方式では現地で築いた人的ネットワークやノウハウの蓄積・継承が難しくなります。そのため、近年では現地に長期的な担当者を配置する、あるいは現地採用の強化といった取り組みが進んでいます。
また、日本企業では若手社員を中心に派遣する傾向がありますが、実務経験が不足していることから、現地のスタートアップやパートナーとの高度な交渉や意思決定が難しいケースも見られます。米国では、専門性の高い人材が当たり前に求められるため、年齢にかかわらず経験豊富な人材を戦略的に派遣することが望まれます。
加えて、挑戦や失敗を許容する企業文化も、現地での事業展開には不可欠です。こうした人材戦略と組織体制の見直しが、米国市場での継続的な成果につながるでしょう。
Alan:私も人事面の課題という点で秋元CEO に同感です。北米に既存のビジネスがない企業にとっては、現地で新しい事業を立ち上げたり、日本に持ち帰ったりするのはかなり難しいです。
シリコンバレーでは、まず3分程度のエレベーターピッチで自分たちを売り込むことが非常に重要です。初回の電話で細かい技術説明を求められることはほとんどありません。技術だけでなく、ビジョンや相手を巻き込むストーリーが必要です。
また、シリコンバレーと本社の間でのフィードバックの流れも改善されてきています。以前は、現地で活躍した人材が日本に戻っても別の仕事を任され、経験を活かせていませんでしたが、今はその経験を次世代の戦略や人材育成に活かす動きが出てきています。
ただし、優秀な人材は現地に残るケースも増えています。これはシリコンバレーでは普通のことで、日本企業もこの「人の流動性」を受け入れ、彼らが日本に戻り経験を活かせる環境づくりが必要だと思います。
秋元氏:実は私も、本来は3月末で日本へ帰任する予定でしたが、本社ではイノベーションとは無関係な中核事業への配属が決まっており、自分のやりたいこととはかけ離れていたため、会社を辞めてアメリカに残る決断をしました。
その後、現地で活動を続ける方法を模索する中で、アメリカでゼロから新規事業を始めたいという日本企業に出会い、合意の上で法人を設立し、今はその事業を一から立ち上げているところです。
討論からの学び:米国進出を成功に導く日本企業向け8つの戦略ポイント
- 明確な目的・KPIを持って動く
→ 「なんとなく米国へ」では成果は出ない。ミッション、ターゲット市場、成果指標を明確に設定することが出発点。
- 売るから「共に創る」へ
→ 自社製品を一方的に売り込むのではなく、「なぜ相手と組むのか」「共に何を実現したいのか」という目的を語るストーリーが重要。取引先を「顧客」ではなく「パートナー」と捉え、共創によって新たな価値を生む姿勢が信頼を生む。
- 技術やサービスを「先に提供」することで信頼を得る
→ 技術やサービスをまず提供することで、信頼のきっかけをつくる。情報や成果を得る前に、自社の強みやノウハウを共有する「ギブ・ファースト」の姿勢が、Win-Winの関係性構築につながる。
- R&D・実証は現地での共創型開発も視野に
→実証プロジェクトが各地で展開されている状況を活用し、米国内でのR&D・テストを現地機関・企業と共に行う体制へのシフトが成果を生む。
- スピード感ある現地主導の意思決定体制を整える
→ 本社確認を待つ体制では機会を逃す。現地に裁量と責任を持たせ、即断即決できる仕組みが不可欠。
- 継続性と経験を持った人材配置を重視する
→ 若手中心・2~3年ごとの駐在員交代ではノウハウ継承が難しい。現地に根を張る人材配置や、経験豊富な人材の長期的関与が成功の鍵。
- 挑戦と失敗を許容する柔軟な文化を育てる
→ すべてを計画通りに進めようとせず、現地での判断ミスやリスクも含めて成長の一部とする姿勢が求められる。
- 起業家的マインドが求められる
→ 市場調査やPoCで終わらせず、最終的に事業化・投資に踏み切る「やりきる覚悟」が社内に必要。
日本企業の米国共創拠点構築を支える実践的サービス
Q:最後に、先述の通り米国市場を単なる製品の輸出先ではなく、現地企業と共に開発や実証を行う「共創の場」として捉え直すことが今後の成長につながる可能性を示唆されていますが、そういった活動を行いたいと考える日本企業にはどのような支援が必要になると思いますか。
秋元氏:日本では人口減少やデフレの影響により国内市場が縮小しており、多くの中小企業が海外進出を模索しています。しかし、言語や投資面のハードルから、米国市場への展開に踏み切れない企業も少なくありません。私が取り組んでいるのは、そうした企業が持つ優れた製品やサービスをアメリカで紹介し、現地での可能性を広げる支援です。
実際、日本企業の9割以上を占める中小企業の多くは、米国市場に関心を持ちながらも機会をつかめていないのが現状です。一方、米国の中小企業も日本やアジア市場に関する情報が不足しています。私は、両国の中小企業をつなぎ、双方向の交流を促進することで、新たなビジネスチャンスの創出を目指しています。
Alan:私たちは、35年以上にわたり培ってきた新規事業開発に特化した経験と知識を活かし、日米企業間の期待値や価値観の違いをきちんと理解したうえで、互いに信頼し合える関係に基づいた事業構築を支援します。また現地密着の体制で、高い実行力・柔軟な対応力・そして長期的なサポートで、各社のニーズにあった戦略構築から実行、最終的な現地事業確立までの一連のフローを提供しています。
最後に
昨今の米国市場には不透明さによる懸念をもつ日本企業も多い中、現地の事業開発専門家はこの状況をポジディブに捉え、さらなる米国事業展開への可能性を示唆しています。
しかし、その成功には根本的な日本企業のビジネス文化や戦略を見直す必要があるということを改めて強調しました。
縮小する国内市場により新たな海外市場進出が避けられない今、ダイナミックに変わり続けるこの世界最大市場をいかに活用していくべきか、本稿が改めて検討する機会となれば幸いです。
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