Skip to content

気候変動時代の農業イノベーション〜非農業日本企業の事業創出機会〜

気候変動時代の農業イノベーション〜非農業日本企業の事業創出機会〜

戦争、飢饉、人口構造の変化など多様な問題を背景に、現在世界中で食料供給の安定確保が求められています。そんな中、ロボットによる作物管理、AIやIoT由来のデータを活用した検知・診断・予測、ゲノム編集、自動化など、農業に関連するデジタル技術やバイオテクノロジーの急速な進歩が、食料生産の効率化やリスクの低減を通じてこれらの課題解決に貢献しています。

しかし、世界経済と社会の持続性に直結するこの重要課題は、長期的かつグローバルな課題という性質から、その解決に向けた革新技術開発を取り巻く新たな事業創出が可能な分野でもあり、世界ではその機会を求めて近年、特に非農業企業がアグリテック市場に参入を進めています。では、農業に従事していない日本企業は、アグリテックをどのように活用し、事業拡大に繋げていくことができるのでしょうか。

本ブログでは、弊社の欧州プロジェクト統括ディレクターであるジャック・ポーターが、欧州のアグリテック最新事情に加え、特に長期計画に基づく継続的な視点や資金力、そしてIoT、高性能コンピューティング、ロボティクス、バイオテックなど農業イノベーションにも応用可能な分野に強みを持つ日本企業が、世界的な課題である食料安全保障の解決に大きな役割を果たすとともに、新たな収益ストリームを創出するための5つの行動ポイントついて解説します。

食糧安全保障:早期解決が求められる緊急課題

近年、気候変動や国際情勢に加え、世界的な人口増加や限られた資源の制約といった課題が、特定の作物に深刻な影響を及ぼし、特定のビジネスに大きな打撃を与えた極端な事例も存在します。その一例として、作物の収穫量不足によるカカオ価格の急騰や日本の米不足問題も記憶に新しいでしょう。実際に、栽培地域が限られた熱帯作物であるカカオは、極端な高温や異常気象を理由に収穫が困難となりやすく、実際に弊社が支援する日本の大手菓子メーカーもカカオの調達リスク管理を中期的な経営課題の一つとして挙げています。

第二の課題として、先進国でますます困難になっている農業従事者の確保の困難化を背景に、生産の自動化ニーズが急増し、その需要対応にさらなる投資が求められています。実際に欧州では、ロボティクスの進展や気象データの活用による収穫時期の予測精度向上やリスク管理が進み、生産性向上とリスク低減の両立が図られています。これらのソリューションは依然として高コストで、実践的に活用していくためにはより大規模な取り組みが不可欠であるものの、その技術進展は加速しています。裏を返せば、技術の商業化が始まる以前のこのタイミングでこのようなソリューションに関与することで、事業機会を模索する絶好の機会でもあると言えます。

さらに、化学肥料の使用を抑えつつ生産性を上げ、農家の収益源を多角化する取り組み、廃棄物を活用した高付加価値原料の開発など、農家の収益構造を支える新たな技術が広がり、気候リスクに備えた持続可能な農業モデルへの転換が求められています。同時に、このような全く新しいコンセプトは、しばしば業界内で新たな収益源を創出しています。私が担当してきたプロジェクトで出会った企業の中で、最も気に入っている斬新なアイデアを持つ企業の一つが、英国を拠点とするBiocentisです。同社は昆虫の遺伝子編集を標的とし、特定の昆虫群が一時的な大量繁殖を抑制する技術開発を行っています。これは、農薬の使用が代替ソリューションによって補完される、あるいは一部置き換えられるという、素晴らしい事例です。

具体的なソリューションを提供する企業事例

まず私が最初に例として挙げたいのは、デジタル技術です。IoTやデータ活用を中心としたデジタル技術は、時に導入のハードルが比較的低いとされることもあり、これらの急速に発展する技術を活用しようと、多くの大手企業によるM&A活動が既に活発化しています。例えば、肥料散布や農場運営を最適化するセンサー技術を開発するギリシャ発Augmentaが、2023年に農業機械大手のCNH Industrialに1億1,000万ドルで買収されました。同社は、コンピュータビジョンを搭載したカメラを用いて畑をスキャンし、肥料や除草剤の散布が必要な作物を自動的に分析する機能を備えることで、単なるIoTを超えたサービスを提供しています。これにより、収穫量を向上させるとともに、より高い精度化学薬品の使用量を削減する効果も期待できます。

さらに、従来型の遺伝子組み換え作物(GMO)とは異なる次世代のゲノム編集技術も、AIを活用したシミュレーションをはじめとする技術により、特定の遺伝子改変が植物にどのような影響を与えるかを高精度で予測できるようになり、これまでにないスピードで開発が進んでいます。ゲノム編集の一部技術は、国や地域によって規制や社会的受容度に差があり、普及のスピードに影響を与えているものの、これらの技術は人手不足を補うだけでなく、作業スケジュールの最適化やリスクの早期発見にもつながるため、その活用に期待が高まっています。

例えば、住友商事の支援を受けるTropic Biosciencesは、病害抵抗性を持つバナナなどの作物を開発しています。これは、蔓延する病気によって絶滅の危機に瀕するバナナの存続そのものを脅かす問題に対処するための取り組みです。同社の革新技術は、被害を受けた地域での栽培を可能にし、気候変動に関連する供給リスクを軽減するとともに、消費期限の長期化などの特性をもたらしています。

さらにKyomeiも、植物の葉に高付加価値の特殊なたんぱく質を生成させるバイオエンジニアリングを行うことで、本来であれば廃棄される部分から天然タンパク質を抽出し、作物への新たな価値付加を目指しています。

農業を変えるのは誰か?非農業大手が狙う新市場

すでに多くの企業が食料安全保障に関する技術開発に取り組む中、日本からも農業・食料関連事業を主要事業とするカゴメ(欧州にて、NECと共同開発したAI駆動トマト栽培支援サービス提供)、クボタ(仏Chouetteとブドウ園向け精密農業ソリューション開発)などが欧州アグリテック・エコシステムに従事してきました。

一方で、長期的ならびに国際的な課題である食料安全保障は近年、その課題解決を目的に新たな事業・収益を創出する機会として、多くの非農業系企業がアグリテック市場参入へ動きを強めています。

この動きは米ビッグテックにも多く見られています。例えば、Google Venturesが農家がデータを活用してコスト削減や収量向上を目指すFarmer’s Business Networkや、米Walmartとの提携にも成功している農業データプラットフォームのCropinにも出資しています。一方、村田製作所も出資するApple主導のRestore Fundも再生農業分野のプロジェクトへの投資を進めています。またAmazon Web ServicesがEver.Agとのコラボレーションにより、自社Generative AIを活用した最先端の作物成長モデルと画像変化検出技術開発を進めたり、Microsoftも今年5月、農業におけるテクノロジー活用を推進するため、農業を学ぶ学生向けに精密農業、データサイエンス、ならびにAIに関する実践的な経験をもたらすテックツールの提供を開始したばかりです。

さらに家電大手の英Dysonもそのエンジニア・デザイン力による農業内の課題解決を目的に、Dyson Farmingを2013年に創設。現在までに1.4億ポンドを投資し、土壌の健康改善、水路の復元、森林や草原の管理、生物多様性の維持・拡大を通じて農業の生産性向上に取り組んでいます。

こうした動きは、海外大手企業にとどまりません。例えば、弊社でも最近、日本の大手IT企業と連携し、スーパーコンピュータを用いた気象シミュレーションや収量予測のプロジェクトを進めている事例があります。富士通が農業におけるDXを支援するため、気候変動に耐性のある作物の特性発見に貢献する計算プラットフォームや高度なAIアルゴリズムを活用して水と化学薬品の使用量を大幅削減する精密農業クラウドに加え、作物の種類ごとに動作するロボットを開発するとともに、京セラコミュニケーションシステムも、昨年から農業用ハウスを初期費用なしで、定期購読型で提供する「営農型太陽光発電」の展開を開始しています。さらに今年7月、食糧の安定した生産・供給を通じた食農事業の拡大に向け、デンソーがオランダの種苗メーカーであるAxia Vegetable Seedsを買収したばかりです。

特に人手確保が一段と難しくなっている日本の農業現場では、こうしたデータ活用型のソリューションは、持続可能性を支える上で欠かせない要素となるでしょう。

スマート農業の現実と課題

とはいえ、農業の課題は、単一の特効薬で解決できるものではありません。そのため、先述のような進展がある一方で、一部の新興技術では克服すべき課題も見えてきています。

まずは、その技術開発に関する高コストです。例えば、農業ロボット分野には多くの企業が参入しているものの、技術的な差別化が難しい上に、初期投資の回収が思うように進まないケースも少なくありません。補助金や支援制度が整いつつある地域でも、現時点では十分とは言えません。

次に遺伝子編集やドローンの活用など、農業における新たな技術や手法も、しばしば規制上の障害に直面しています。肥料の使用も、環境や気候への影響から、ますます厳格な監視の対象になりつつあり、これらの課題は企業の国際市場へのアクセスを妨げる要因となっています。加えて、継続的な農業従事者教育も、技術の効果的な活用を確保するために不可欠である点も忘れてはいけません。

垂直農業はかつて大きな注目を集めましたが、その代表格であるスタートアップInfarmは、まさにこれらの理由で業績不振に陥った事例です。JR東日本と提携して日本に進出したドイツのInfarmは、地域ごとの食文化の違いに直面しただけでなく、特に欧州市場での高コストが響き、2023年に破産申請に至りました。この事例は、地域の食文化や市場構造に合わせた慎重な対応の重要性を示すとともに、アグリテック分野における設備投資負担の大きさが抱える難しさを物語っています。

カルチャーギャップを超える共創のコツ:

日本企業の5つの行動ポイント

これまで述べたように、これからの農業ビジネスは、非農業系企業にとっても大きな可能性を秘めています。日本企業は、大手企業だからこそ提供できる強みを活用しながら、新興技術やスタートアップが直面する上記課題への解決策を提案することで、その効果をさらに向上することができるのではないでしょうか。

その点を踏まえ、ここでは新規事業戦略やスタートアップとの共創を進める際に検討すべき5つの実践的なアクションポイントを整理します。

1. 気候変動に強い作物開発など、農業技術を支える時間軸と資本を確保する 

この世界的な課題に取り組むためには、長期的な視点と十分な投資が不可欠であり、日本企業が持つ長期計画の立案力と、安定した資金調達力という強みを最大限に活かすべきです。

2. 日本企業の得意分野を活かして挑戦を進める

日本企業はIoT、高性能コンピューティング、ロボティクス、バイオテクノロジーなどの分野で強みを持ち、これらは農業分野でも十分に応用可能です。ゼロから新たなものを作り出すわけでなく、各社がすでに持つ中核事業を拡大していく形で新たな収益ストリームを創出していくことができるかもしれません。

3. 農業を地域課題や世代間課題の解決手段と捉える

アグリテックを活用し、地方の人手不足や高齢化といった社会課題に取り組むことで、新たな雇用を創出し、地域の課題解決と事業を結びつけることができるのではないでしょうか。

4. 海外企業との協業による多様な意義を理解する

Infarmの例にあるように、特にアグリテック関連のテクノロジー・ソリューションは、現地の条件やクライテリアに合わせて採用を検討する必要があり、国際市場へのアクセスには協業が不可欠と言えます。日本企業にとっては、海外企業との提携により、国内単独では取り組みが難しい分野でも、最先端技術の活用や、国内より規制の緩い環境での検証が可能となり、リスクが低くかつ効果的なPoC(概念実証)を進めることができます。一方で、提携先も日本企業から共有された国内市場に関する知識や経験、ネットワークへのアクセスが可能となり、win-winの関係を構築することができます。

5. 長期的な目線で世界の最新動向を把握する

新しい技術やトレンドは、必ず期待が先行し、一度は停滞を経験する「ハイプサイクル」を避けて通れません。短期で成果が見えないからといってすぐに撤退するのではなく、どのように継続して関与するかが、将来の競争力を左右するといえるでしょう。

おわりに

食のエコシステムは世界と密接につながっているからこそ、農業には時間と継続的な投資が欠かせません。日本企業は短期的な利益追求だけにとどまらず、長期的に資金を投入し、じっくりと事業を育てていくことを得意としています。農業のように成果がすぐには表れにくい分野では、こうした姿勢が大きな強みになります。そして成功を収めるには、数年にわたり継続的に市場に従事し、海外のパートナーや市場から学び、そしてその経験を活かして柔軟に取り組み方を改善していく力にかかっていると言えます。

一方で、弊社は欧州のアグリテック・スタートアップが、当面の事業焦点を欧州市場に置いている場合でも、日本大手企業からの投資や協業に高い関心を示す場面を数多く目にしてきました。これは、彼らが日本企業との戦略的連携に大きな価値を見出しているからであると言えます。このように双方からの需要が高まる今が、新たな事業開発を求めていく好機なのではないでしょうか。

弊社では、海外市場調査に加え、展示会や現地専門家へのヒアリングを通じて収集した最新の生の情報に基づき、企業の課題解決に向けたコーポレート戦略策定や海外新規事業開発の可能性評価、そして最適なパートナー選定から実行計画の立案・ファシリテーションまで、一貫した支援を提供しています。

アグリテック分野での最新動向や具体的な取り組みにご関心のある企業様は、ぜひお気軽に弊社までお問い合わせください。

ジャック・ ポーター
About the Author

ジャック・ ポーター

英国本社で5年間勤務した後、2022年に東京に異動。保険、モビリティ、スマートシティ、インダストリアルオートメーション、モビリティ、バイオテクノロジーなど幅広い専門知識を持ち、プロジェクト・ディレクターとして30社以上のクライアントを担当してきた。2025年からは、欧州統括ディレクターとして10人以上のチームを率いている。

イントラリンク入社以前は、日立マクセルの英国本社で製品開発に従事。2013年に、早稲田大学への留学を経て、マンチェスター大学で日本学の学位を取得。日本語に加え、韓国語も堪能。

We use cookies to give you the best experience of using this website. By continuing to use this site, you accept our use of cookies. Please read our Cookie Policy for more information.