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欧州ディープテックが切り拓く機会と可能性

Intralink
クイックナビゲーション

この夏、イントラリンクは欧州にて、新規産業創出と経済成長の原動力となりつつあるディープテックと、新規事業開発における欧州市場の重要性を追求するイブニングイベントを主催し、在欧日本企業や投資家、そして英国スタートアップなど50 名を超える方にご参加いただきました。

欧州ディープテックは近年、各方面からの支援をもとに顕著な成長を見せ、技術の実用化・商業化により本格的な活用が見受けられるようになりました。今後この技術領域が事業開拓・成長に与える影響、また同技術がもたらすリターンを理解・考慮することが、長期的な成功をもたらすビジネス構築に向けた有益な機会をもたらすと期待されています。

同イベントでは、上記テーマに精通した以下3名をお呼びしたパネルディスカッションを通じて、それぞれの現場感を含めた幅広い視点で多角的な議論が行われ、欧州ディープテックの重要性、そして実践的な活用法として下記が強調されました。

パネリスト

  • 上前田直樹氏:ディープテックとフィンテックに特化したクロスボーダー投資家
  • Jonathan Crook:英国政府投資局(Office for Investment)、Deputy Head of The Venture Capital Unit
  • Tobias P. SchirmerJOIN CAPITAL、創設パートナー

 

欧州ディープテックの重要性

  • 量子コンピューティングやバッテリー技術といった分野における欧州の戦略的重要性の高まり
  • 日本企業は、単に遠隔投資を行うだけでなく、欧州に積極的に進出し、現地でプレゼンスを高める必要がある
  • VC投資は単なる資金源ではなく、戦略的パートナーとしての価値を考慮する
  • 「概念実証」から脱却し、長期的なオープンイノベーションを推進する

 

本稿では、欧州ディープテック・エコシステムの特徴や、日本企業が今この領域に取り組むべき道筋など、未来志向で示唆に富んだパネルディスカッションの概要をお伝えします。また最後には、日本企業が持つ欧州ディープテック投資に関する主な課題に、対応策をそれぞれ提案しています。

 

「動機」と「資金」が生み出す次世代イノベーション

欧州では今、ディープテックを軸にした新しい産業の波が起きつつあります。その背景には、これまでの製造業や輸出に依存した成熟経済モデルから脱し、重要技術を自ら開発・運用できる「技術的自立」を目指す構造転換の動きがあります。

 

欧州、とりわけドイツのような製造大国は、長年にわたり燃焼エンジンなどの技術を改良し続け、堅実に経済を支えてきました。しかしその強みは、既存技術の積み重ねによる段階的な進化にとどまり、米国や近年の中国のように、スタートアップを起点とした破壊的な技術革新を継続的に生み出すには至りませんでした。


とくにIT、半導体、AI、プラットフォームビジネスなどの分野では、欧州勢は出遅れが目立ちます。こうした状況を背景に、欧州各国は近年、研究機関やスタートアップを核とした「ディープテック」分野の育成に力を注ぎ始めています。

さらに、地政学的な緊張が続く欧州では、国家レベルだけでなくEU全体としても、「重要技術への過度な依存」をどう減らすかが大きなテーマとなっています。再軍備や防衛産業の再編も進み、社会全体がこれまでとは異なる危機感を共有するようになりました。

こうした動きは、安全保障の枠を超え、ディープテック分野のイノベーションを加速させる原動力となっています。AI、量子技術、次世代バッテリー、エネルギーなどの戦略分野で自立を急ぐ動きが広がり、技術を「保有する力」そのものが国家の主権や競争力を左右する時代に入ったといえます。

欧州各国では、「今、行動しなければ取り残される」という危機意識が共有され、この精神的な変化と、資本の流入が重なり合い、新しいディープテック・エコシステムが急速に形成されつつあります。まさに、この「動機」と「資金」の両輪こそが、次世代の欧州産業を牽引する推進力となっているのです。

政府主導で商業化が進む欧州ディープテック

欧州のディープテック・エコシステムは、米国のような長年のM&Aサイクルを経て形成されたものではありません。むしろ、市場の空白を政府が埋めてきたという特徴があります。

政府がリミテッド・パートナー(LP)としてベンチャーキャピタルに出資し、ファンドを通じて民間投資を促す仕組みが整えられました。これは、まだリスクマネーの循環が十分に成熟していない段階で、市場の機能不全を補う役割を果たしています。

こうした政府主導の資本供給は、スタートアップの成長環境を形成する上で、極めて重要な原動力となっています。

さらに、近年では、政府自らが「どの分野に重点を置くべきか」「学生や研究者、企業に何が期待されているか」といった明確なアジェンダを策定するようになりました。量子コンピューティング、バッテリー、先進製造技術など、あらゆるディープテック分野で戦略的ロードマップが設定されています。

たとえば、欧州レベルでは「EIC(European Innovation Council)」が、ドイツでは「SPRIN-D(Federal Agency for Disruptive Innovation)」が中心的な役割を担っています。そして英国でも、同様に戦略的な研究開発プログラムが次々と打ち出され、スタートアップ支援に大きく貢献しています。

さらに、英国発のAI企業「DeepMind(ディープマインド)」のような成功モデルの確立により、地域全体の研究・資本・人材を巻き込む「フライホイール(好循環)」を生み出しています。大学や研究機関が起点となり、VCや政府ファンドが資金を投じ、成果が次の世代の起業家を刺激するという循環です。

このように欧州では、公的資金と政策が市場を支えることで、大学や研究所の技術を商業化につなげるエコシステムが整いつつあります。そして、スタートアップにとっての支援ネットワークや資金供給ルートが明確化し、研究成果が社会に出ていくスピードも加速しています。今はまだ静かに見えるこの変化が、数年後には大きな産業構造の転換をもたらす可能性を秘めており、今後さらに多くのディープテック企業が台頭すると予想されます。

ディープテック投資による日本企業の成長チャンス

エコシステムの基盤が整い、ディープテックの商業化が加速している欧州は、日本企業にとり大きなチャンスが広がっています。

米国のスタートアップが潤沢な国内資金に支えられているのに対し、欧州企業は初期段階で海外投資への依存が高く、その一部が減少しつつあります。

言い換えれば、欧州スタートアップが国内資金で不足しやすい初期段階で、日本企業が早期に接点を持ち、資金や技術支援を提供すれば、信頼関係を深く築く余地が大きいということです。

創業者や技術者と直接つながり、協業の形を早期に設計できれば、米国市場以上に深い関係を築くことが可能です。

以下、日本企業の欧州ディープテック投資に関する主な課題と対策をまとめています。

課題① 投資先(VC・スタートアップ)の見極めが難しい

  • 欧州市場は国・地域ごとにエコシステムが分散しており、情報の非対称性が大きい。
  • 信頼できるVCや成長性の高いスタートアップを見極める目利き力が求められる。

→対策

  • 現地に人材を常駐させ、VC・スタートアップとの接点を日常的に持つ。
  • 現地VCとの連携を強化し、ネットワークを活用した情報収集を行う。

 

課題② 信頼関係構築に時間がかかる

  • 欧州では関係構築に8〜10か月以上を要するケースが多く、短期的な成果を求めすぎると関係が途切れる。

→対策

  • 短期成果よりも、長期的なパートナーシップを重視する投資姿勢を持つ。
  • 成長を継続的に支援できる優れたVCと協働し、段階的に信頼を深める。

 

課題③ 日本企業内部の抵抗と組織文化の壁

  • 技術部門が外部技術導入に慎重で、変化への抵抗が強い場合がある。
  • スタートアップと協働できる柔軟な社内体制が整っていない。

→対策

  • 10〜15年先を見据えた長期戦略を策定し、現場レベルでの意識改革を促す。
  • 経営層がスタートアップ連携を支える制度・評価体系を整備する。

 

課題 意思決定の遅さ

  • スタートアップとの現地交渉後、最終判断を東京に持ち帰るため、機会を逃しがち。
  • 特に春先の人事異動期など、意思決定が停滞する時期がある。

→対策

  • 欧州現地拠点に一定の意思決定権限を付与する。
  • 投資判断のスピードアップを図るための分権化・権限委譲を進める。

 

課題 短期的成果志向と関係構築の欠如

  • 単発の投資や取引に終始し、継続的な関係構築に至らないケースが多い。

→対策

  • 「関係構築型ビジネス」であるという前提に立ち、定期的な対話と協働を重ねる。
  • ブランドや実績だけでなく、「共に課題を解決できる相手」との信頼関係を重視する。

 

まとめ;なぜ、今行動に移すべきなのか

欧州と日本はいずれも輸出を軸に成長してきた経済圏であり、ともに「これまでの成功モデルが通用しにくくなっている」という共通の課題を抱えています。だからこそ、両者の連携には必然性があります。

欧州のディープテック企業は、今まさに資金・人材・技術の接点を求めています。ファンド運営者や支援機関は、北米やアジアの投資家・企業との交流を深め、グローバルな資金・人材の流れをつくり出しています。こうした動きは、単なるベンチャー投資にとどまらず、既存の大企業が新しい市場機会にアクセスするうえでも重要な仕組みになっています。

日本企業はすでにシリコンバレーやイスラエルなどでグローバルなプレゼンスを持っていますが、欧州との連携はまだ十分に開かれていません。
このタイミングで一歩踏み出すことができれば、次の10年を見据えた新しい競争優位を築くことができるでしょう。

縮小する国内市場により新たな海外市場進出が避けられない今、ダイナミックに変わり続けるこの世界最大市場をいかに活用していくべきか、本稿が改めて検討する機会となれば幸いです。

 

欧州ディープテックに関するお問い合わせがございましたら、お気軽にこちらまでご連絡ください。

 

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