今年9月に発行した「インド:台頭するグローバル・ディープテック・ハブ」では、特に魅力的な機会を提供する6つの技術分野を特定しながら、急成長する同エコシステムが日本企業にもたらす可能性を解説しました。
それに続き、今回も弊社インド拠点で代表を務めるジェイ・マリックが、日本企業がインド市場に参入し、事業拡大、そして成功を収めるための具体的なベストプラクティスを、実践的なアドバイスとともに解説します。
14億人を超える人口を抱えるインドでは、中間層の拡大や嗜好の多様化により、幅広い分野で消費が拡大しています。毎年150万人以上のSTEM人材を輩出するなど、若く優秀な人材を活かしたR&Dやオフショア開発拠点の設立にも適した環境といえます。また世界第3位の規模を誇るインドのイノベーション・エコシステムは、共同開発や技術連携のパートナーとして大きな魅力を秘め、政府による積極的な産業支援や投資優遇制度も事業展開を強力に後押ししています。
特に製造業においては、「Make in India」は単なるスローガンではなく、産業基盤の高度化を意味し、日本企業は新たなインフラ整備、優遇税制、高付加価値分野(電子機器、医療機器、クリーンエネルギー、EVなど)へのインセンティブの恩恵を受けています。政府のPLIスキーム(生産連動型奨励制度)や輸入規制緩和も、国際的な技術提携を積極的に貢献しています。
半導体や再生可能エネルギー分野での合弁事業も加速しており、日本の強みである精密製造、グリーンケミカル、エネルギー貯蔵技術は、インドが目指すクリーンでスマートな経済と非常に高い親和性を持っています。
また、「デジタル・インディア」政策により、企業は広大なデジタル市場にアクセスでき、オンラインやフランチャイズを活用した効率的な市場拡大が可能です。現地IT人材と連携したソフトウェア・モビリティソリューション開発も進み、自動車やヘルスケアなど多様な分野で持続的な収益モデルを生み出しています。
このように、インフラ開発とデジタル化が進むインドでは、多くの分野で市場アクセスとコスト競争力を兼ね備えた環境が整い、日本企業にとって新たな成長機会が広がっています。さらに、日本企業向けに設立された専用工業団地(Japan Industrial Township)や支援窓口を活用することで、インド市場への参入、能力開発、長期的な事業成長を加速させることができるはずです。
一方で、成功を収めた場合には大きなリターンが期待される中、実際にはそう簡単に目標達成に結びつけることはできません。すでに現地で成果を上げている企業は、既存事業の拡大、新製品開発、スタートアップとの連携、R&Dパートナーシップなど複数の戦略を組み合わせてその実現に力を注いでいます。
たとえば、1980年代に現地に合弁会社を設立し、現在もEVの輸出を主導するスズキや、出資・協業先であるEVスタートアップに2輪EV向けモーターを提供する武蔵精密工業などがEVエコシステムの成長を後押ししています。またロボティクス技術でインド製造業の高度化を促進するFANUCや、送配電システムや鉄道インフラの整備など、クリーンエネルギーへの転換を大規模投資で支援する日立エナジー、さらにバイオテックの高度技術開発・戦略拠点を設立した武田薬品などもインド市場での先駆けとなる取り組みを進めています。他にも、モビリティとスマート製造の新境地を切り開くトヨタやオムロン、そしてJAXAとインド宇宙研究機関(ISRO)が宇宙分野で協力関係を深めるなど、日印連携はかつてない規模で拡大しています。
では実際にインド市場に参入する際には、どのような手順を踏む必要があるのでしょうか。
まず、同国の制度やインフラ環境を十分に理解することが重要です。インドは連邦制国家で、州ごとに規制や税制、インセンティブが異なるため、進出時には各州レベルでの法制度の確認が欠かせません。近年導入されたGST(物品・サービス税)で市場の統一化は進んでいるものの、行政手続きは依然として複雑で、許認可の取得に時間を要する場合があります。加えて、電力や物流などインフラ整備が遅れている地域もあり、運営上のリスクを考慮する必要があります。
文化面でも、日本企業はインド特有のスピード感や柔軟なビジネス文化に適応する必要があります。都市部はグローバル化が進んでいる一方、地方都市では多様な文化が存在し、全国規模の運営には理解が欠かせません。
また持続的なビジネスを築くには、現地人材への投資や技術移転、長期的なパートナーシップ構築が重要です。多くの日本企業はR&Dセンターやグローバル・ケイパビリティ・センター(GCC)を設立し、開発スピード向上やスキル交流を通じて競争力を高めています。
一方で市場の有望さゆえに競争は激しく、価格や人材獲得の競争も避けられません。成功には高給与だけでなく、キャリア成長や働きがいを後押しする職場づくりが鍵となります。
上記を踏まえ、インド市場参入において最も重要な考慮事項は、以下の6つだと言えるでしょう。多様性と柔軟性を特徴とするインドでは、地域ごとの商習慣や文化を理解し、ステークホルダーとの関係構築を重視する姿勢が求められます。
- 戦略的な視点を持った市場参入プラン
インドを単なる周辺市場ではなく、アフリカや東南アジアへの展開拠点、さらにはグローバル戦略の中核と位置づけ、長期的な投資と関与を行うことが重要です。一部の企業にとっては、インドに数名の営業担当者を配置するか、有能なチャネルパートナーの確保だけで十分かもしれません。一方で、その他企業にとっては、戦略的提携に先行投資することが賢明な選択となる場合もあります。短期間で大きな商業的リターンを生み出すためにも、適切な市場参入戦略の策定が第一です。たとえば日立は、インドを経営レベルでの重点市場と定め、現地企業の買収や取締役会の定期開催を行い、持続的な価値創造を実現しています。
- 多様性の理解と徹底したローカライゼーション
現地化を進める企業ほど高い成果が期待できます。インドは28の州、22の公用語、6つの主要宗教、5つの地域文化を持つ多様な国です。つまり、市場を細分化し、地域文化に合わせた柔軟な戦略を展開できる企業が優位になりやすい市場です。スズキは、100を超えるインド特有の製品仕様(サスペンションやエタノール対応エンジンなど)を導入し、サプライチェーンの大部分を現地化しました。農村部向けのテクノロジー事業にも積極的です。一方、現地適応に失敗した企業(GMやフォード)は撤退を余儀なくされました。
- 現地知識のある人材・パートナー
英語の普及し、強い起業家精神が根付くインドを「容易」な市場ととらえる人もいます。しかし、ビジネス環境をナビゲートする上で、現地に利益を守る担当者を配置する必要性は否めません。例えば、複雑なビジネス慣行や規制を理解し、企業利益を守る現地責任者を任命するだけでなく、意思決定権を与えることで、事業拡大につながる迅速な対応とローカライゼーションを実現しやすい環境を作ることもできます。ダイキンは、インド出身、現地でグローバル大手企業の重役を務めてきた人材を採用し、大幅な戦略転換を行なったことで、大幅な売り上げ・シェア拡大を達成しました。だからこそ、製品開発、流通、製造、販売、規制対応のサポートにおいて、信頼できるインド人アドバイザーやパートナーを周囲に配置すべきです。
- パートナーシップ重視の姿勢
インドでの成功は、必ずしも数字での優れている企業との取引という訳ではありません。現地政府や企業との協働を通じてエコシステムを構築し、日本の技術と現地の知見を融合させることで、コスト最適化と雇用創出を両立できるのではないでしょうか。たとえばOKIは「Make in India」政策のもと、現地メーカーと協力して環境配慮型ATMを生産しています。
- 忍耐と継続力
インドでは成果が出るまでに時間がかかります。成功している日本企業は、5〜7年の中期スパンで戦略を描き、長期的な信頼関係を築いています。しかし、時間と資源と労力を割いてでも、様々なインドのパートナーとの信頼関係を構築し、各機会を探求することで、明確な成果に繋げることができると確信しています。
インドは、巨大な市場規模と豊富な人口、政府の積極的な支援策、優れたSTEM人材、大規模なインフラ投資、成熟する資本市場を背景に、イノベーションや技術開発、製造の世界的ハブとしての地位を確立しています。
今年8月のモディ首相の訪日により、両国間で21件の協定が締結され、今後10年間で10兆円規模の投資が見込まれています。日印両政府がこれまでにない連携強化を進めている今こそ、日本企業が本格的にインド市場に踏み出す絶好のタイミングと言えるでしょう。
しかし、インド市場で成功するためには、資本力だけでは不十分です。忍耐力やパートナーシップの構築に加え、多様で複雑なインドの文化やビジネス環境を理解し、柔軟に対応する姿勢が求められます。
イントラリンクは、現地に拠点・コンサルタントを配置し、戦略立案から実行まで、日本企業のインド市場進出にハンズオン型かつ包括的な支援を提供しています。
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