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活況を呈するタイ・メドテック市場〜市場戦略成功の柱とは〜

カノクティップ・ティラレッセーマ
クイックナビゲーション

近年、タイのヘルスケア・セクターは、医療ツーリズム、高齢化、政府の積極的な施策に支えられ急成長しています。

その中でも、特にメドテック市場は、海外からの医療機器輸入への依存や超高齢者社会の拡大を理由に、日本企業にも顕著な事業機会を提供しています。しかし、その市場参入・事業拡大には数々の障壁が立ちはだかり、効果的な市場戦略を持たない企業は、既に現地で事業展開を進める競合他社に大きな遅れをとってしまいます。

本稿では、国内の関連ステークホルダーと深い関係を築いてきた弊社タイ拠点代表カノクティップ・ティラレッセーマが、日本企業がどのようにタイのメドテックセクターで効果的に事業を展開していくべきかを解説します。

最新の市場動向

タイのメドテック市場は現在、著しい成長を遂げています。

その背景には、大きくは二つの要因が挙げられます。まず、ムルンラード国際病院やパヤタイ病院などの国際基準を満たす高度な医療機関が世界中から患者を惹きつけるため、先進システムへの投資を拡大している点。と同時に、既に人口の20%が60歳以上と言われるタイでは、2035年までに「超高齢社会」が見込まれ、現在根本的な人口構造の変化に直面しています。

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パヤタイ病院 | ソース:honestdoc

 

この二つの潮流は、特に高齢者ケアに特化した革新的技術への持続的な需要を示唆しています。

また、この成長にはタイ政府も積極的な役割を果たしています。例えば、タマサート大学がパタヤに創設された「メディカルバレー」を主導し、官民のプレイヤーを結集して医療イノベーションを促進するほか、プーケットも来年完成予定の国際複合施設とともに、国際的な医療ツーリズム・ハブへと変貌を遂げつつあります。

しかし、タイは必要とされる医療機器の大半を自国で生産していないことから、関連事業を展開する海外プレイヤーにとって巨大な事業機会が開かれています。

国内製造は依然として注射器や検査キットのような低付加価値の使い捨て製品に集中しており、ロボット手術システムからMRIスキャナー、X線装置、整形外科用インプラント、ハイエンド歯科機器に至るまで、より高度な機器は輸入に依存しています。実際に、国内で使用されている医療機器の約3分の2が海外からの輸入品と言われています。

規制上の障壁

このような商業機会と同時に、同市場への参入を検討するには、幾つもの障壁が存在しています。

最も重要な課題には、規制当局の承認が挙げられます。タイでは全ての医療関連製品に関して、通常現地販売代理店を通じて行われるタイ食品医薬品局(FDA)への登録が必須です。

その登録情報は、当該代理店に紐付けられ譲渡不可となることから、タイ国内で後になってパートナー企業を変更しようとすると、輸出業者は最初からこの登録作業をやり直す事態に陥りかねません。

また保険償還の仕組みも複雑であり、患者の市場受容を左右しています。使用される医療機器が国内の公的医療保険制度において償還適用対象かどうかは、タイ政府が正式に承認を行う一方で、医療機関による医療機器の採用決定は、コスト、互換性、コンプライアンスに大きく影響を受けています。特に使い捨て製品に関してはコスト意識が非常に高く、持続可能性基準や認証要件が異なる選択を迫らない限り、最も安価な製品を選ぶ傾向がある状況です。

競争の激しい環境

このような状況下でも、タイの市場競争環境はさらに激しさを増し、新規参入者へのハードルも高くなり続けています。

例えば、価格面での優位性にくわえ、病院システム間で広く互換性のある機器を提供する中国・韓国企業、さらに高い評価、密接な販売代理店との関係、長年にわたる臨床検証を強みとするグローバル企業がすでに同市場で確固たる地位を築いており、新規参入企業はその対抗策として、慎重に計画されたアプローチを必要としています。

同時に、医療機関も確立されたワークフローを阻害しうる新技術の導入に慎重である上、販売代理店も、特定モデルに対応する専用MRコイルなど、互換性の制限が多様な製品ポートフォリオを管理する上で重大な課題だと指摘しています。こうした障壁は、タイの医療システムがイノベーションと同時に、信頼性や安定性を重視する実態を反映しています。

さらに、タイの複雑な流通構造を理解、攻略することも重要です。

国内には約2,500社の販売代理店が存在するため、パートナー企業が見つからないという事態にはなりにくく、またこれらの企業の多くがラオス、カンボジア、ミャンマーといった近隣諸国にも事業を展開していることから、魅力的な東南アジア地域全体のパートナーを発掘することも可能です。しかし、数多くの候補企業から適切なパートナーを見つけるのは容易ではなく、誤った選択は貴重な時間とチャンスを失う要因となってしまいます。

市場戦略成功の柱

ではこのような課題を乗り越えて、タイのメドテック市場で成功を収めるにはどのようなアプローチを取るべきなのでしょうか。

私の経験からは、準備、忍耐、そしてタイ国内における優先事項との整合性を図る能力が非常に重要な役割を果たすと感じています。

規制対応 –当然とされる現地規制への対応は、慎重なパートナー選定と並行して進める必要があります。自社内に規制対応チームを有する流通業者は、承認プロセスの期間短縮と円滑化を実現できるだけでなく、持続的な売上成長に必要な市場リーチも提供します。

承認期間 - 米国、欧州、日本、特に最近規制上の重要性が高まったシンガポールで既に承認されている医療機器の場合、タイでの承認期間はさらに短縮されます。ただし、その場合でも処理には3~6ヶ月を要することを念頭に置く必要があります。

価格設定 - 慎重な調整が必要となるのは、価格設定です。価格競争力の高い競合他社を考慮すると、価格のみで競うことはほとんど不可能です。代わりに、合併症の最小化、入院期間の短縮、認証要件の支援など、長期的にコスト削減につながるソリューションとして製品を提示することも差別化を図る側面となりえます。

サステナビリティ – 最近は、持続可能性も特に重要な差別化要素となりつつあり、環境面やコンプライアンス上のメリットを実証できる製品は、価格感応度の障壁を突破する可能性が高まります。

現場での教育 - 病院や診療所は、証拠をもとに製品の価値を理解することを好みます。特にケーススタディ、パイロットプロジェクト、研修プログラムは、管理者や臨床医が新技術を導入する際に必要な「自信」を提供します。これらがなければ、最先端の機器でさえ、信頼できる既存製品との競争に負けてしまうかもしれません。タイでは教育への投資は任意ではなく、必須条件です。

アライアンス - さらに、提携関係が重要な役割を果たすことも少なくありません。システム・インテグレーター、医療ネットワーク、あるいは補完的な技術を持つメーカーとの連携は、重要な信頼性を提供し、エンドユーザーへのアクセスを加速させます。こうしたパートナーシップは新たな扉を開くだけでなく、新製品が広範なエコシステム内でサポートされるという確信を病院に与えます。

 

世界との差別化要因:日本の経験と信頼

これらの全世界共通の「勝利戦略」に加え、タイのメドテック市場進出において、日本企業は2つの顕著な競争優位性を持ち合わせています。それが、日本が築いてきた「経験」と「信頼」です。

政府主導のもと、この高齢化社会という課題に対応するため、ICT、AI、モニタリング、ロボットをはじめとするテクノロジーを積極的に活用してきた日本の「経験」は、タイの現地企業が求める洞察や付加価値を与えることができるため、同メドテック市場の開拓と現状打開に大きな優位性をもたらします。

さらに、業界を超えて、高品質な製品とサービスを提供する「安全で信頼できるパートナー」という日本企業に対する高い評価が、現地では深く根付いています。その中でも医療・介護分野では、提供される機器やサービスの信頼性、耐久性、アフターサービス面が広く認知されており、日本企業は単なる製品供給者ではなく、運営ノウハウや人材育成も提供できる長期的なパートナー候補として位置づけられています。

こうした日本特有の強みは、医療機関や介護事業者、その他メドテック関係者と提携関係を構築する上で強力な強み、さらに差別化要因となり得るでしょう。

ダイナミックで魅力的な市場

増加傾向にある需要、海外からの輸入依存、また同国政府の意欲により、タイのメドテック市場はアジアで最も活気ある市場の一つとなっています。しかし、同市場への進出を検討する企業が、綿密な計画なしにその機会が成功につながると期待するのは間違いです。 

規制対応への準備、厳選された販売代理店との提携、慎重な価格設定、教育への取り組みを組み合わせた計画とともに、明確な戦略を構築する企業こそが成功の基盤を築くことができるでしょう。

これにより、急速に拡大するタイのメドテック市場に加え、東南アジア全体のより広範なヘルスケア市場進出への契機にもなるかもしれません。

 

著者について

カノクティップ・ティラレッセーマ

タイ拠点カントリー・マネージャー

20年以上にわたり、ビジネスマッチング、市場調査、コンサルティングに携わってきた。テクノロジー、ヘルスケア、エネルギー、自動車、金融サービス、公共部門の各分野で、企業の成長機会の特定や、業界内での有力な人脈構築を支援している。カセサート大学でマーケティングの学士号、米国アメリカン大学でMBAを取得。

Kanokthip Tirasretsema (Lek)

 

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